東京高等裁判所 昭和52年(ウ)840号 決定 1978年6月28日
申請人 斉藤正徳
<ほか三名>
右四名代理人弁護士 川口巖
阿部和子
山口達視
被申請人 日機装株式会社
右代表者代表取締役 音桂二郎
右訴訟代理人弁護士 和田良一
美勢晃一
主文
本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は、申請人らの負担とする。
事実
申請人らは、「被申請人は、申請人らに対し、それぞれ別紙債権目録一記載の金員を仮に支払え。被申請人は、申請人らに対しそれぞれ昭和五二年四月以降毎月末日かぎり、一ヶ月別紙債権目録二記載の金員を仮に支払え。」との判決を求め、被申請人は、主文同旨の判決を求めた。
申請人らの申請の理由
一 被申請人は、風水力機器、民生用機械器具その他産業用機器装置の製造および敗売等を目的とする株式会社であり、申請人らは、いずれも、被申請人との間に雇傭契約を締結した従業員である。
二 被申請人は、昭和四〇年一一月二〇日、申請人らに対し、解雇する旨の意思表示をした。
三 しかし、右解雇は、不当労働行為であって無効であり、申請人らは依然として、被申請人の従業員たる地位にある。
すなわち、申請人らは、いずれも、被申請人の従業員をもって組織された民間統合労組日機装支部に加入し、組合員として、あるいは執行委員として活発な組合活動をしていたところ、被申請人は、申請人らの組合活動を嫌悪して右解雇をなしたものであり、右解雇は、不当労働行為に該当する。
四 申請人らは、被申請人を相手方として、前項にかかげる理由をもって地位保全等の仮処分申請をし、第一審(東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二、二三七号事件)、第二審(東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第七〇一号事件)とも、申請人らの全面勝訴の判決をえた。
そして、その本案訴訟として申請人らは被申請人を相手方として労働契約確認等の請求訴訟を東京地方裁判所八王子支部に提訴し(同庁昭和四六年(ワ)第五五二号事件)、昭和五二年五月一八日、申請人らの前記解雇が不当労働行為であることが認定され、申請人らがほとんど全面勝訴した。
ところが、被申請人は、右一審判決を不服として、東京高等裁判所に控訴を申し立て、現在同庁昭和五二年(ネ)第一、三八三号事件として係属している。
五 被申請人は、前項の各判決に一貫して従わず、申請人らの労務提供を不当にも拒否している。
とくに、本案訴訟の第一審判決の言渡日である昭和五二年五月一八日付で、申請人らに対し労務の受領拒否を通告してきたうえ、昭和五二年度賃上げ分、昭和五一年度年末、昭和五二年度夏期の各一時金の支払いをしない。
六 申請人らの賃金債権
(一) 月額賃金
1 申請人らは、被申請人から、本案の第一審判決後、その仮執行宣言付判決により昭和五一年四月以降それぞれ毎月末日かぎり、次のとおり支払を受けている。
基準内賃金 時間外勤務手当 小計
申請人斉藤 二二五、七三四円 三九、一九二円 二六四、九二六円
申請人田中 一八一、八九三円 一、〇六七円 一八二、九六〇円
申請人塚本 一六六、四九三円 二三、二三六円 一八九、七二九円
申請人細田 一八〇、三七六円 四六七円 一八〇、八四三円
2ア 被申請人と被申請人の従業員をもって組織する労働組合との間で、昭和五二年度の昇給、賃上げについて、次のとおり妥結が成立し、被申請人の従業員に対し、昭和五二年四月分の給与から実施されている。
(1) 昇給額 一人平均 一一、七〇〇円
内訳 (ⅰ) 給比 五、四九九円(算定基本給の四・二九パーセント)
(ⅱ) 査定 三、八六一円
(ⅲ) 調整 二、三四〇円
(2) 住宅手当の増額
(ⅰ) 世帯主 月額六、八〇〇円を七、二〇〇円とする。
(ⅱ) 準世帯主 月額二、五〇〇円を三、一〇〇円とする。
イ 申請人らは、被申請人の従業員たる地位を有しているから、当然この昇給の適用を受けるべきであるがこれを具体的に申請人各人に適用すると、それぞれ別紙賃金表(1)の該当欄記載のとおりである。
ウ 時間外割増賃金
申請人らは、右解雇前、時間外勤務について、それぞれ二五パーセント増の残業割増賃金を取得していたところ、前記理由により、賃上分に比例した額による割増金の請求権があり、申請人各人の請求権は別紙時間外勤務手当表(2)のとおりである。
3 以上により申請人らが昭和五二年四月以降請求することができる賃金の合計および現在受け取っている賃金との差額は、いずれも次のとおりである。(別紙52年4月以降支給されるべき給与表(3)参照)
請求しうる賃金額 差額
申請人斉藤 二八五、四〇五円 二〇、四七九円
申請人田中 一九七、七五七円 一四、七九七円
申請人塚本 二〇六、七二四円 一六、九九五円
申請人細田 一九五、三九八円 一四、五五五円
(二) 一時金
1 被申請人と前記労働組合との間で、一時金について次のとおり内容の協定が成立した。
(1) 昭和五一年年末
一人平均 四二万一、〇〇五円
配分率 給比 七八パーセント
査定 二二パーセント
平均算定基本給 一二九、五七八円
(五一年九月末現在)
(2) 昭和五二年夏期
一人平均 二〇八、三二三円
配分率 給比 七八パーセント
査定 二二パーセント
平均算定基本給 一二八、二八八円
(五二年三月末現在)
2 右一時金は、それぞれの時期に、被申請人の従業員に支給された。
3 この協定内容を申請人各人に適用すると別紙一時金表(4)の各人の該当欄記載のとおりである。
七 保全の必要性
1 申請人らは、いずれも、自己の労働力以外売るべき商品を持たない勤労者である。
申請人斉藤、同細田は共働きをしているが、被申請人からの賃金をその生活の賃料としている。
なるほど、申請人らは、昭和五一年四月分から前記に述べた金額の支給を受けているが、その後の物価の値上りは著しく、一時金も、生活費の補助として労働者の生活の維持に必要不可欠である。
申請人らは、昭和五二年度賃上げ分、昭和五一年末、昭和五二年夏期一時金について被申請人から未だ支給を受けておらず、申請人らの生活は著しくひっ迫しており、そのため申立の趣旨記載の仮処分を求める。
2 申請人らは、昭和五二年五月一八日、東京地方裁判所八王子支部昭和四六年(ワ)第五五二号事件の仮執行宣言付判決により別表のとおり、賃金および損害金の給付をえた。
そのうち、申請人らで構成している日機装争議団として、別表支出表①ないし④項記載の支払をなした結果申請人が個人として自由に処分できる可能な額は、それぞれ別表⑤記載のとおりである。
3 申請人らは、右の金員を次のとおり費消した。
(一) 申請人斉藤
収入金 七〇六万〇、九二七円
支出内訳 家屋の増築修理費 金 六〇万円
自動車購入費 金 七〇万円
電子リコピー購入費 金 一〇万円
子女入試準備金 金 八〇万円
旅行費 金 一〇万円
家具・電機の購入費 金 四〇万円
借金返済 金 六〇万円
住宅資金積立 金三三〇万円
貯金 金 四六万円
(二) 申請人田中
収入金 三八六万七、九九〇円
支出内訳 借金返済 金二〇〇万円
家具衣類の購入費 金 三〇万円
生活費として費消 金 七〇万円
第二子出産準備金 金 七〇万円
郵便貯金 金一六万七、九九〇円
(三) 申請人塚本
収入金 四七四万八、九三六円
支出内訳 借金返済 金二五〇万円
生活費として費消 金 三〇万円
家具類購入費 金 四〇万円
結婚準備金 金一五〇万円
貯金 金四万八、九三六円
(四) 申請人細田
収入金 三七八万三、三一六円
支出内訳 借金返済 金二〇〇万円
自動車購入費 金一二一万五、〇〇〇円
母の老後積立金 金 五六万八、〇〇〇円
4 申請人らの右支出内訳から明らかなように、申請人らは、各種の借金を負い、生活をしてきたものであり、右仮執行宣言付一審判決により、辛うじて救済されたものである。
被申請人の態度からみて、今後も、同様な状況が続くと思われ、したがって、このままの状態においては、右一審判決によって得た金員も直ぐに費消されることは明らかであり、申請人ら主張の申請の必要は十分あるというべきである。
被申請人の答弁
申請の理由中、一および二は認める。三は争う。四は認める。五は認める。六について(一)の1は認める。2のアは認める。イおよびウは争う。3は争う。申請人らの主張する賃金額は、全従業員の平均査定を土台としており、調整の方法および実際に勤務していない時間外割増賃金を計上している点で誤っている。(二)の1および2は認める。3は争う。申請人らの主張は、査定方法に誤りがある。七について争う。とくに、申請人らは六(一)1記載の金額を仮執行宣言によって毎月得ているし、かつ、本案仮執行宣言付第一審判決で得た金員の支出内訳をみても申請人らの生活はいずれも余裕があることが認められるから、本件仮処分の必要性はない。
《証拠関係省略》
理由
申請の理由のうち、一、二および四、五ならびに六の(一)の1、2のア、(二)の1、2の各事実は、当事者間に争いがない。
ところで、本件においては、被保全権利の存否は兎も角として、申請人ら主張の金員を支払うべきいわゆる保全の必要性については疏明があるものとはいえない。
すなわち、申請人斉藤は金二六四、九二六円を、同田中は金一八二、九六〇円を、同塚本は金一八九、七二九円を、同細田は金一八〇、八四三円を毎月、本件第一審判決の仮執行宣言にもとづき、被申請人から給付を受けていることは前記のとおり当事者間に争いがなく、少なくとも、毎月相当額を生活資金として得ており、日常生活に必ずしも困窮していることは窺えないし、また、右第一審判決にもとづき、多額の一時金の支給を受けており、右各金員が申請人ら主張のとおり配分、支出されている事情を考慮すると、申請人ら主張の金員について現在、民事訴訟法七六〇条にもとづき、仮の地位を定める仮処分として、その仮払を命じなければならない程の必要性があるものとは認めがたい。
以上陳述したとおり、本件仮処分申請は、結局、保全の必要を欠くものというべく、他に判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 森綱郎 奈良次郎)
<以下省略>